中学校勤務を辞め、ニュージーランドで日本語教師アシスタントをしていきます。ニュージーランドであったことを中心に書き込んで行きたいと思います。よかったら、ぜひコメントして下さい


by micky03976
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再会1

 1週間、母がNZに来てくれ、一緒に過ごしました。空港まで迎えにいったのですが、なんか私は妙に照れてしまいました。しかし、母は全く普通でした。

 その日は疲れをとってもらうためゆっくりしました。聞くのはすごくこわかったけれど、おばあちゃんのこと、家や近所のこと、日本のこと、たくさん聞きました。おばあちゃんのことはやはり聞いた瞬間、バスの中でも、レストランでもかまわず泣けてしまいました。翌日から自分が最も行きたかった所だけれど、この日のためにとっておいた、そして観光名所になっているミルフォードサウンド、マウントクック、田舎だけど景色がきれいなテカポ、そして私が住む町、クライストチャーチ。たまに天候は崩れましたが、晴れる確率が少ないと言われるミルフォードサウンドでは快晴。本当に、絵葉書の世界に飛び込んだかのようでした。

 クライストチャーチではやはり住んでいる町だけあって、私も安らぐことができました。町の散策、前のホストファミリーの家や今の自分の家、コニーも家、近くの海にも連れて行ってあげました。母はホストファミリーに、日本のチョコレートをもってきてくれていました。こっちはチョコはたくさんありますが、日本のブランドチョコレートみたいな口あたりがなめらかで、おいしいものはなく、それを口にした家族は大絶賛。大喜びでした。その日はクリスマスだったので、私の住んでいる家ではみんながパーティをやっており、お昼をそこでよばれました。私の住んでいる家、環境を見て母もホッとしたようです。

 最初、これらの所に連れて行く時、(英語を話す、しかも知らない人ばかりで疲れないかな)って心配でしたが、その心配をよそに、母の「誰とでも積極的に話す」長所を見事生かしていました。それぞれの家に連れて行った時、なんと、ホストファミリー、フラットメイト、コニー、すべての人に対して「娘がお世話になります。ありがとうございます。」と礼をしながら普通に日本語で話しかけたのです。もちろんその後もとまどうNZ人をよそに、日本語でどんどん話しかけていき、しゃべり倒した後、最後は大きな声で自信まんまんで「センキュ~!!!」と言って去っていきました。私が英語で通訳するのが間に合わないくらいのしゃべりでした。。。でもこんな母をかわいく思いました。後でみんな「She is lovely!」と口を揃えて言ってもらえました(^^;)その日はクリスマスだったので、こっちの先生がお母さんと飲みなさいって渡してくれたワインと、作ってくれたクリスマスケーキをホテルで一緒に食べました。

 町で母はここぞとばかりに「普段食べれないものを食べなさい。遠慮するな。」と、ごはんをおごってくれました。私のボロボロの靴を見て、靴も置いていってくれました。赤信号でも渡る生活が身についている自分の行動や、リュックを背負う姿に「危ない!」「油断するな!」「リュックは狙われる!」など、常に横でガミガミ。母はというと、初日なんて、おなかの中からお金が出てきたくらいでした(^^;)そっちの方が危ない!とお店の人にも言われ、直してました。。。
母が疲れるといけないので、友達と行く旅と違い、のんびり旅行にしたつもりですが、紹介したいことがありすぎて、やはり疲れさせてしまったようでしたが、ツアーでは体験できない時間を楽しんでもらえたようだし、何よりも、母が1人で来てくれたことに大感謝です。

 最後は早朝、空港でお別れ。見送る方はやはりつらかったです。。。
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by micky03976 | 2006-12-29 03:50